ハンディのちから アフィリエイト胸椎黄色靭帯骨化症では、胸椎黄色靭帯骨化症の発症前の状況・胸椎黄色靭帯骨化症の手術・胸椎黄色靭帯骨化症の術後経過年数及び症状に関する情報を提供
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胸椎黄色靭帯骨化症

ハンディのちから」では、 障害者やシニアなどのハンディをお持ちお客さまに、病気や怪我の予防や健康管理のうち、障害者の役にたつ胸椎黄色靭帯骨化症に関する情報を提供しています。

私は1992年頃から、両足のしびれの自覚症状が発生しました。その頃から、大学病院や日赤病院に通院して診察を受けましたが、なかなか病気名が確定されませんでした。1997年末(当時54歳)に品川駅のコンコースで転倒して、胸と膝を強打してしまいました。翌日、病院に行きいくつの検査の結果、胸椎黄色靭帯骨化症と診断されました。

発症前の状況

1992年(49歳)頃に両下肢に定常的にしびれ感を感じるようになった。1995年1月に、地這いのチェーンに足を引っ掛けて胸から転倒して 胸部を強打し肋骨にひびが入った事があります。このときに胸椎へのダメージがあったのでしょうか。1997年末(当時54歳)に品川駅で転倒したことを切っ掛けに胸椎黄色靭帯骨化症と診断されました。
手術前は速度は遅く、足の運びも摺り足となっていました。雪路を歩くと点々とした足跡でなく連続した足跡になっていました。また、駅構内や道路にあるちょっとした突起物にも足を取られ転倒してしまいました。視覚障害者の方には申し訳ないのですが、駅構内や道路にある点字ブロックはたいへん恐く感じています。杖無しで歩行等は何とかできていましたが、足が上がらないことやしびれ感が強いこと、今後を考えて胸椎黄色靭帯骨化症の手術に踏み切りました。

手術

このまま胸椎黄色靭帯骨化症を放置し手術をしないと歩けなくなる。胸椎黄色靭帯骨化症の手術をすれば今よりは症状が改善すると言われ、1998年1月19日に手術を行いました。
胸椎の10~11番の左右の椎弓を後方より切除し、その部分の補強は無しです。

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術後経過年数

私は胸椎黄色靭帯骨化症による障害者になり、つぎのような紆余屈折を経てこのホームページ「ハンディのちから」を開設するに至りました。

途方に暮れた時期(1998年~1999年)

この間は胸椎黄色靭帯骨化症の手術と突発性難聴と言う病気を10が月間の内に体験しました。とにかくなぜ私だけがこんなに病気を背負わらなければならないのか、と言う気持ちでした。
胸椎黄色靭帯骨化症の手術直後は両下肢のしびれや歩行障害が残り、片手杖で何とか歩行していました。1回当たりの歩行可能距離は約1000m位でした。
1998年3月より勤務を開始しましたが、満足に仕事が出来ませんでした。3ヶ月間半日勤務が続きました。
1999年10月に再度歩行困難になり再通院を開始いました。このときは日常生活でつぎような不便さを感じました。

職場復帰を目指した時期(2000年~2001年)

職場復帰を目指した時期の間は少し現状を見つめられるようになりました。その上で職場復帰をするための手術やリハビリテーションに懸命に取り組んだ時期でした。しかし、その努力の結果が私に突き付けたものは退職と言う道でした。
2000年2月に再入院。異常場所の特定と痛み防止のために硬膜外ブロック注射や神経根ブロック注射をするも効果がありませんでした。整形外科の医師は整形外科的治療方法はもうないと判断し、神経内科に転院しました。
2000年3月から神経内科に入院しました。医学的にはFESと呼ばれる機能的電気刺激法の手術を東北大学医学部附属病院で受ける前の予備検査が目的でした。FESは自分の力で動かせなくなった筋肉を電気刺激で動かすことができる方法です。私には、リハビリテーションによって、サラリーマン人生を続けられる歩行速度と持久力の回復も目的でした。 77日間、ストレッチや筋力アップ、歩行訓練に明け暮れましたが、期待した歩行速度と持久力の回復は得られず、サラリーマン人生からのリタイアを宣告された入院生活でした。
2001年12月に千葉大学医学部附属病院に転院し、検査入院。脊髄MRIで上頚椎から腰椎に側索の委縮、脳MRIで上運動部の委縮があり、神経の伝導時間の延長が認められるとの診断を受けました。胸椎黄色靭帯骨化症に加えて原発性側索硬化症という病名が加わりました。

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新しい技能を学んだ時期(2002年~2003年)

30年間勤務した職務経験を捨てて公共職業安定所に通所しましたが、今迄の職務経験を活かした仕事は見つかりませんでした。そこで、体力を使わず通勤時間の短い仕事やSOHOを目指して、DTPやWebの技術を習得する決心をしました。
2002年5月にJR東京総合病院に検査入院し、脊髄内視鏡検査を受けました。胸椎黄色靭帯骨化症の手術の胸椎の10~11番の付近で脊柱管が狭くなり、内視鏡がそれより上には入らず検査はその下の部分のみでした。下の部分には脊髄動静脈奇形はなく、胸椎黄色靭帯骨化症の手術部位の癒着による運動障害及び疼痛と診断されました。

新しい技能で自立を目指す時期(2004年~2005年)

習得したDTPやWebの技術で資格取得にチャレンジすると共に、ホームページで収益を得て自立する準備を始めました。 現在は、両手に杖を持って500mを40分かけてしか歩くことができず、疼痛も毎日続いています。

疼痛(痛み)との闘い

1998年1月19日に胸椎黄色靭帯骨化症の手術をしてから、およそ13年間、程度の違いはあれ両下肢の痛みは1日たりとも消えたことはありません。同じ症状の方の参考になればと考えて、私の疼痛(痛み)との闘いを公開しています。

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